カチコチカチコチ
時計の音がする部屋で
ぼんやりと考える
人魚姫
愛しい人に会うために
美しい尾、美しい声を失った
愛しい人に会えたのに
声を失ったが故に
彼は彼女に気づかない
あぁ、彼が結婚してしまう
その時聞こえた、優しい姉たちの声
渡された短剣
短剣の代わりに、姉たちはいったい何を代償として差し出したのか
短剣を手に、彼の部屋へと忍び込む
朝はもう近い
だけれど
彼の幸せを願う彼女が
彼を愛しいと思う彼女が
どうして彼を殺せるだろう
自分の命と彼の命を天平にかけて
重い方は
彼の命
手から滑り落ちた短剣
彼女は涙を流しただろう
自分が消えてしまうからではない
自分の命の為に彼を殺そうとしたことに対して
そして彼女は微笑んだだろう
彼の幸せを未来に夢見て
あなたが幸せなら、それで良い
私は泡となって消えるけれど
あなたどうか
あなただけはどうか
愛しい人に別れも告げられず
彼女は部屋から飛び出した
そのまま海へ飛び込んで
あぁ、朝日が海へと降り注ぐ
彼が甲板へ走り込んだのはその直後
彼女の最期は故郷の海で
彼が見たのは海に浮かぶ不思議な泡
その泡は、彼の瞳ににどんな風に映ったのだろう
せめて朝日に照らされた
美しい泡であると良い
声も尾鰭も失った
自分が誰かも言えないし
何処から来たのかも喋られない
歩けば足には酷い激痛
彼は誰かと結婚し
命さえも失った
けれど彼女は微笑むのだ
幸せだったと微笑むのだ
王子は自分を助けた者が
結局誰かわからぬまま
結婚の日の前の夜
大好きな娘は忽然と消え
最後に見たのは不思議な泡だけ
姫を愛した姉たちは
短剣の代償を背負ったまま
姫の最期を見届けて
いったい何を思ったのだろう
悲しい悲しい海の姫の
優しい優しい物語
誰一人、幸せな人など残らない
こんな昔話をどうして人は語り継ぐのか
それはきっと
彼女の心が羨ましいから
自分達の心は
もうくすんでしまったから
もう彼女の様に
綺麗に人を愛せないから
少しでも心の綺麗な子が育つように
何度も何度も言い聞かせるのだ
あぁ、私ももう随分とくすんでしまった
人を好きになることさえ戸惑われる
願わくば
海に消えた彼女の心が
今も幸せでありますように
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